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コラム

No 6  ★いま時ジャズタイムPart2★


 『旭ジャズまつり』で毎年フアーストステージを飾っていたデキシーランドジャズが今年はなくなり、それも時代の流れというならば、せめてここではデキシーについて薀蓄をかたむけてみようと思うのであります。  他方、実行委員会の強者が徒党を組み、デキシーの本場ニューオリンズヘと向かいました。 2005年2月のことであります。ニューオリンズはジャズの発祥地。 その原点はルイアームストロングが生まれた1900年と言われております。

 しかし、ジャズの母体といえるものはそれ以前からありました。 1865年、南北戦争の終結により当時、軍楽隊が使用していた楽器を黒人たちが、その音楽的センスによって演奏を始めました。 そして、1891年、黒人のバディ・ボールデンが、それらしく吹き始め、1897年前後に彼によってコルネット、クラリネット、トロンボーン、バンジョー、ベース、ドラムスという今日的な編成で演奏したのがジャズの最初だといえそうであります。 大局的に眺めましても、その後、フレディー・ケパード、キング・オリバー、そしてルイ・アームストロングと引き継がれ、次第に今日のジャズの基礎が確立した事は、フレディー・ケパード以後の録音を聞きくことで、はっきりと頷けるのであります。

 ところで、デキシーランドの語源はニューオリンズがフランス統治下にあった頃、十ドル紙幣にフランス語の「十」である「DIX」と印刷されていたため、ニューオリンズをデキシーランドとあだ名で呼び、しだいにアメリカ南部一帯をデキシー、あるいはデキシーランドと呼ぶようになったのであります。 「それではジャズにおけるデキシースタイルとニューオリンズスタイルは同じなのか」と言われそうですが、そうではありません。 ニューオリンズスタイルは黒人によって演奏されたものであり、デキシーランドスタイルは白人によって演奏されたニューオリンズ的ジャズであった、ということです。  1917年、第一次世界大戦が始まりますと、黒人奏者のステージだった紅燈街も閉鎖になりました。演奏の場をなくした黒人奏者は演奏の場を求めミシシッピーを北上し、シカゴヘも移動。そこで、黒人の演奏を模倣して、白人たちが演奏したスタイルをデキシーランドスタイルと呼ばれるようになったのであります。 やがて、このスタイルはシカゴジャズヘと発展していくのでありました。

 さて・ ・ ・、われ等のご一行様は、ニューオリンズでどのようなスタイルのジャズを『いま時ジャズタイム』で聴いてきたのか興味あるところであります。


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記:旭JAZZまつり実行委員 サニー
(2004年旭ジャズまつりプログラムより転載)